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組踊上演300周年記念事業-特別企画-

Interview|未来への継承者たち Vol.6「玉城匠」

1719年に組踊が上演されてから300年、多くの先人たちによって組踊が今日まで伝え続けられてきました。
「インタビュー|未来への継承者たち」は、次の100年をつなぐ役割を担う中堅・若手実演家たちにスポットをあて、シリーズで組踊の魅力やこれからの組踊について語っていただきます。
インタビュー6人目は、玉城匠さんにお越しいただきました。琉球舞踊に沖縄芝居、そして組踊の脇を固める脇役と、幅広い役柄をこなす演技派役者として活躍中です。

(インタビュー:真栄里泰球)

Q|組踊をはじめ伝統芸能の舞台に多く出演されています。

第三回「蓬莱」公演で、先達の技を受け継ごうと挑んだ組踊抜粋舞踊「波平大主道行口説」©シアター・クリエイト

玉城匠(以下、玉城)|組踊の舞台は学校公演などを含めると年間に30ほどあります。琉球舞踊や沖縄芝居などもあり、それぞれに魅力というか、やり甲斐を感じています。組踊は初めて見る人はとっつきにくいイメージがあるかもしれないですが「面白いね」といってもらえたら嬉しいし、分かろうとしてくれるのも嬉しいです。
お芝居は演じる人もお客さまも一体になって楽しむというか、思いっきり表現できるところが楽しいです。僕は歌が上手じゃないので、いくら稽古しても歌劇は難しいです。
この間、「男性舞踊家公演 蓬莱」という仲間との自主企画のために「波平大主道行口説(ふぁんじゃうふぬしみちゆきくどぅち)」という組踊の抜粋舞踊を古謝弘子先生に教えていただきました。古謝先生が、師匠である故宮城美能留先生から受け継いだやり方です。自分の師匠も宮城美能留先生に師事しました。
美能留先生は研究熱心でパワフルで、体は大きくは無いけれど、風格というかオーラがものすごくあった方なんだろうと想像します。美能留先生が生きていたら組踊が変わっていたのだろうと仰る先生は多いので、それだけ影響力があった方なのか、会いたかったなと思います。

 

Q|組踊で得意な役はありますか?

玉城|本当は全部の役ができないといけないと思うのですが、マルムン(間の者)や供が好きです。主役ではないけれど、だからこそやりがいがある。「二童敵討」の3人の供は、それぞれキャラクターが違うと思っていて「らしさ」を出すのは難しいです。組踊はチームワークで雰囲気をつくっているので、一言で空気を壊してしまう怖さがあります。完璧にやり遂げられたと思ったことがなくて、どこかに反省点が残る。いかに完璧なものをお客さんに届けられるかというのがあるから、続けているし、終わりがないと思うし、辞められない。

 

 

組踊上演300周年を祝う国立劇場おきなわ主催の「忠臣身替の巻」公演では「麾持ち」を演じた。©️(公財)国立劇場おきなわ運営財団

 


Q|初めて組踊に出たのは?

玉城|高校3年の時で「執心鐘入」の小僧2でした。琉球舞踊はやっていましたが、組踊は知らなくて「こういう喋り方の芸能があるんだ」と思いました。沖縄県立芸術大学の18期です。男は組踊をやるという雰囲気があり、そこから本格的に始めました。国立劇場の研修も掛け持ちで、組踊漬けでした。卒業したら伝承者になっていて、「ここまで来たら引き下がれないでしょ」と決意しました。
舞台出演の声をかけていただくのは嬉しいのですが、出演よりも、先生方、先輩方のお稽古を間近に見られるのが幸せです。

Q|ライバルはいますか?

玉城|あんまり対抗意識はなくて、一緒に盛り上げようという意識が強いですね。どっちかというと、先輩方に追いつけ追い越せの意識です。近い先輩だと嘉数道彦さんや宮城茂雄さん、佐辺良和さんなどの役への姿勢が勉強になります。褒められても「ありがとうございます」しかいえないので、「ここをこうしたほうがいいよ」とか注意してくれた方が嬉しいです。組踊300年という年に組踊ができている幸せは感じています。400年には僕はいないでしょうし、すごい瞬間に組踊やってるなという実感はありますね。

 

組踊の魅力や楽しみ方を観客に説明する玉城匠さん ©️(公財)国立劇場おきなわ運営財団

 


玉城匠 たまき・たくみ 1988年沖縄市生まれ。宮城流豊舞会教師。宮城豊子、島袋美智子に師事。最高賞受賞。国立劇場おきなわ組踊研修第二期修了。沖縄県立芸術大学卒業


 インタビュー:真栄里泰球(まえざと・たいきゅう)
2001年沖縄タイムス社入社。組踊や琉球舞踊など琉球芸能を長く取材。
新聞のほか国立劇場おきなわステージガイド「華風」、各種雑誌などにも寄稿している。

 


 

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