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組踊上演300周年記念事業-特別企画-

Interview|未来への継承者たち Vol.9「宮城茂雄」

1719年に組踊が上演されてから300年、多くの先人たちによって組踊が今日まで伝え続けられてきました。
「インタビュー|未来への継承者たち」は、次の100年をつなぐ役割を担う中堅・若手実演家たちにスポットをあて、シリーズで組踊の魅力やこれからの組踊について語っていただきます。
琉球舞踊を習う傍ら大学で琉球文学を学び、琉球芸能を探求し続ける宮城茂雄さん。真栄里泰球さんがインタビューしました。

(インタビュー:真栄里泰球)

Q|小さいときから芸能に親しんでいます。

宮城茂雄(以下、宮城)|周囲の「ヒヤ、ヒヤ」の囃で、物心つく前から踊っている写真があります。おばあちゃん子だったし、祖母(宮城正子・重要無形文化財「組踊」「琉球舞踊」地謡箏曲保持者)が箏曲をやっていたこともあります。小さいころは、組踊という意識はありませんでした。師匠(二代目宮城能造)は「せりふのある踊りやるから」という感じで「やあふぁふぁうやゆ」(やあ母親よ)とか口移しで教えてくれました。文字が書けるようになったら、師匠の言ったことを書き取って自分で台本を作るんです。組踊保存会の公演に最初にでたのは小学校のころで、重要無形文化財指定20周年の記念公演でした。瀬底正憲(現、眞境名正憲)先生が阿麻和利で、僕は先生が座る「きやうちやこ持ち」の役でした。記録映像が残っていて、なにかの研修で流れて、恥ずかしかったです。
中学の時に、伝統組踊保存会が研修を始めました。僕が最年少で、少し上が具志幸大さん、宇座仁一さんなどでした。午後7時から始まるのですが、師匠からは「6時には行って、掃除をしてお茶を沸かして待っていなさい」と言われていました。懐かしいです。

Q|沖縄県立芸術大学には進みませんでした。

宮城|実演は勉強させてもらっていたので、違う形で学びたいと。高校の進路指導室にいろんな大学の案内が来ていたのですが、沖縄国際大学の案内に「日本で唯一の琉球文学の専門コースがあります」と書かれていて興味を持ちました。
入ってからは多くの先生方に出会えました。「沖縄古語大辞典」の編纂に関わった野原三善先生は、まさに歩く辞典みたいで、先日も舞台の前に唱えを聞いてもらいました。ゼミは狩俣恵一先生でした。大学では芸能に関係ない友達もできて良かったです。

Q|京都でも能などを学ぶなど、活動範囲が広いです。

宮城|能を見ていて、組踊と近いところ、違うところとありますが、古典芸能という意味で考え方が刺激になりました。旅行が好きなので、この前も羽織の生地を見に行ったり、琉球舞踊の小道具の傘をお願いしに行ったり、職人さんの話を聞くのも好きなので楽しんでいます。県外の方は「沖縄にも古典芸能があったんですね」という感想が多いですね。「ゆったりとして気品がある芸能ですねとか、歌がいいですね」と言っていただけるので、それが広がるといいですね。
神奈川県の「川崎沖縄芸能研究会」で組踊を教える機会もあります。渡嘉敷流の舞踊をされている方が多いです。初代宮城能造先生も、渡嘉敷守良先生に習った思い出を書き残していますが、宮城の踊りと雰囲気が似ているところなど勝手に想像したりして、勉強になります。

男性舞踊家の会 (平成30年4月)浜千鳥を踊る宮城茂雄さん:©️(公財)国立劇場おきなわ

 

Q|沖縄国際大学でも組踊を教えています。

宮城|京都から帰って来てからなので、12年目くらいになります。今は非常勤講師で、「琉球文学特講Ⅰ・Ⅱ」の中で一般の学生に組踊を教えています。学生さんは、今年は30人くらいです。組踊の詞章を音読してもらいます。テキストは「校註 琉球戯曲集」(伊波普猷著)を基本にしています。戯曲集はローマ字表記がありますが、最終的にはローマ字がない台本を読んでもらいます。結構読めるようになりますよ。唱えの体験学習もやります。台本に書いていない所作などもやってみます。衣装を着てもらったりもします。学生が個別で組踊を見に行ったり、卒業してからも劇場に来てくれたりすると「普及になったかな」と思います。

新作組踊「花の幻」(令和元年8月)浜千鳥を踊る宮城茂雄さん:©️(公財)国立劇場おきなわ

 

Q|好きな組踊や役はありますか。

宮城|みんな好きと言えば好きです。「花売の縁」と「大川敵討」に出て来る同じ名前の乙樽(うとぅだる)という役は、舞台にいる時間も長く、大変だと痛感しています。
大川の乙樽は、芯の強い女性というか他の組踊になかなかない役です。しかし、自分の気持ちがメインでなく、若按司(わかあじ)のため、敵討のためにという側面があります。
花売の乙樽は、子役と一緒なので自分のペースで演技ができません。例えば、歩幅が違ので、子役に無理がないように歩かないといけない。母親役の力が問われます。
ずっと花笠をかぶっているのは体力的にもつらいですし、立っても座っても右足に重心がかかるので右足が悲鳴をあげそうです。
女方や若衆の役が多いです。味のある母役ができるようになればいいと思います。舞台が引き締まるので。

組踊「大川敵討」糾の場(平成30年5月):©️(公財)国立劇場おきなわ

 

Q|組踊が重要無形文化財に指定された記念日の5月15日に、大作「忠臣身替の巻」で若按司を演じました。

宮城|ありがたい経験でした。宮城能鳳先生、親泊興照先生、島袋光晴先生などと稽古ができ、教えていただきました。この先生方は明治生まれの先生方から習っているので、100年くらいの歴史がぱっとつながるんですよね。僕が習って来たものも誰かにお伝えしないといけないと思います。300年間誰かが教え、誰かが習って、組踊は続いてきました。僕は演者として、身体表現として好きで憧れているので、深めるというか、高めるというか、密度を上げていきたいと思っています。次の世代に芸を伝えられるように、新たなステップに取りかからないといけないなと感じています。思えば、僕が師匠の弟子になったとき、師匠は今の僕と余り変わらない年齢でした。

組踊「忠臣身替の巻」若按司を演じる宮城茂雄さん(令和元年5月):©︎(公財)国立劇場おきなわ

 


みやぎ・しげお 1982年那覇市生まれ。宮城流師範。二代目宮城能造に師事。沖縄国際大学・沖縄女子短期大学非常勤講師。

 

 


インタビュー:真栄里泰球(まえざと・たいきゅう)
2001年沖縄タイムス社入社。組踊や琉球舞踊など琉球芸能を長く取材。
新聞のほか国立劇場おきなわステージガイド「華風」、各種雑誌などにも寄稿している。

 


 

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