1. HOME
  2. 特集
  3. Report |村の組踊 〜 竹富島の『種子取祭』〜 たまき まさみ

特集

組踊上演300周年記念事業-特別企画-

Report |村の組踊 〜 竹富島の『種子取祭』〜 たまき まさみ

フリーライターのたまきまさみさんに、島々に伝わる組踊をレポートしていただきました。
宮廷芸能として生み出された組踊ですが、時代を経て、台本とともに各地に広がっていきました。
2019年10月、竹富島で開催された「種子取祭(タナドゥイ)」という祭りで奉納された、組踊「父子忠臣」の迫力ある写真と合わせてご紹介いたします。

(レポート :たまき まさみ)

2019年10月21日午前6時半、那覇空港にいた。竹富島で行われている「種子取祭(タナドゥイ)」2日目の仲筋村(なかすじむら)の芸能を見るため、職場の先輩たちとともに8時前の飛行機に乗る。以前から地域の豊年祭や芸能に興味があり、過去にSNSでこの祭りに参加した人の投稿を食い入るように見つめ、いずれ参加したいと思っていたところ、仕事とはいえこんなにも早くその機会に恵まれたことに心躍る。

「種子取祭」とは、種をまいた作物が無事に成長し、豊穣な世になるよう島の神に祈願する祭りで、約600年の伝統があると言われている。毎年旧暦9月の庚寅、辛卯の2日間を中心に80余の伝統芸能が神々に奉納される祭りで、1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されている。ふだん私は国立劇場おきなわの企画制作課の職員として舞台裏で組踊を見ているが、劇場で見てきた組踊と奉納芸能として受け継ぎ演じられてきた組踊の違いを、実際に肌で感じられることをとても楽しみにしていた。

那覇からわずか1時間で石垣島に着き、そこから石垣港離島ターミナルでフェリーに乗って、竹富島に着いたのが10時過ぎだった。すでに会場である世持御嶽前では庭の芸能が始まっており、「種子取祭」を始めるにあたり清め・お祓いの演目と言われる「ガシ棒」という鎌と長刀の演舞に間に合った。

庭の芸能最後の演目である「馬乗者(ンーマヌシャ)」。庭の芸能を終えると舞台芸能の演舞が始まる。 撮影:たまき まさみ

 

庭の芸能演舞中、特設舞台前の客席では場所取りをする人々が少しずつ移動し始めている。客席全体が大きくて立派なテントで覆われ、3方から見学できる舞台前にはゴザが敷きつめられており、いくつかのテントの支柱には「ご協力のお願い」と書かれた札がついている。そこには「奉納舞台周辺は島民の指定席であることや種子取祭で行われる芸能の数々は、竹富島の神々への奉納ということを十分に理解のうえで観覧するように」という旨の注意書きがあった。祭りの主役は島民であり、神々に奉納するための祭りという目的を大切に守っているところに胸が熱くなった。

種子取祭の期間中は立て看板で観客にご協力のお願いがされています。 撮影:たまき まさみ

 

神様へ奉納するため、演舞する際は世持御嶽(ユームチオン)を正面とするので、本来ならば真正面にあたる客席にいる私たちは、横から見ているようなスタイルである。世持御嶽前には村の長老と思われる先輩方が、御嶽を背に舞台に向かって並んで座る。仲筋村の奉納演目は、芸能の神様が種子取祭を寿ぐ「ホンジャー」から始まって最後の狂言「鬼捕り」まで27演目あり、夕方5時まで続く長丁場だ。

お目当ての演目である組踊「父子忠臣」は20番目で、祭り終盤となる3時過ぎに見ることができた。竹富島には「手水の縁」「花売の縁」「父子忠臣」「伏山敵討」などが伝わったと言われ、「種子取祭」では例年演じられているのは「伏山敵討」(玻座間村(はざまむら
)と「父子忠臣」(仲筋村)という。

「父子忠臣」の筋書きは「人格に優れた糸数の按司は、島尻地方を平和に治めていた。しかし、束辺名(つかへんな)の按司が勢力の拡大をめざし、奇襲をかけて糸数一行を皆殺しにする。ところが糸数の按司の臣下で頭役の山城の比屋は、糸数の按司の息子・若按司を背負って逃げ延び、商人に姿を変えて仇討ちの機会をうかがっていた。隠居していた山城の父・兼本大主もまた、かつての主君が殺されたことを知り、復讐のチャンスを狙っていたところ、束辺名一行が恩納山で猪狩りをすると聞きつける。恩納山で偶然再会した山城の比屋と兼本大主は、憎き束辺名の按司を討ち取ろうと待ち伏せをする・・・」という仇討物。

少しでも舞台近くで見たかったので、先輩たちと座っていた最後列からそっと抜け出して、子ども席後列で見守る観客たちに混じって、世持御嶽と向き合う場所に立ち見を決め込み、組踊の始まりをそわそわ待ちながら客席を眺める。前列の島民の方たちの席をはじめ、そこに座る皆が楽しげにお喋りをしたり、お弁当やお菓子を食べていたり、見やすい位置へ移動したりと、ふだん国立劇場おきなわで業務を通して慣れ親しんでいる舞台の感覚とはまったく別物だということを改めて思い知る。そんなことを思っている間にふだん按司の登場シーンでも耳慣れている「按司手事」が流れると、楽屋がうっすら透けて見える紅型幕がめくり上げられ、私が立っている下手側から悪役である束辺名の按司が登場する。

「え、紅型幕がぴろーんとめくられた!」と幕内へと引っ込む誰かの手に釘付けになっている私をよそに、按司は舞台の上手側に向かって歩みを進め、世持御嶽を正面にすると名乗りの唱えを始める。いつも聞き慣れている節回しも異なり、感情も含んだ表現で組踊がぐっと身近な物に感じられる。その間も、薄い紅型幕の向こうでは、せわしなく人々が行き交う様子が見え隠れするのもなんだか和む。

按司の名乗りが終わり見栄を切ったところで、長老席から拍手が起こる。6年前から束辺名の按司役を務めているという役者さんも、この一連の動作が終わり拍手をもらうまでは緊張するのだろうなと思いながら、こちらも知らぬ間に握った手に力が入っていたことに気づく。

舞台を観る子供たち 撮影:たまき まさみ

 

演じている皆さんもそれぞれ仕事の合間を縫って祭りが近づくと台本の読み稽古や、立ち稽古を行っている。舞台には立たないけれど客席で見守る子どもたちのなかから、小さな声で唱えをなぞっているのが聞こえてくる。劇場でこれまで見てきた組踊では、登場人物が移動する場面は幕内には入らず舞台上をまわって表現し、舞台裏で行われるあっさりとした仇討ちがこちらでは殺陣シーンに重きを置き、仇討ちもしっかりと舞台上で行われる。

ふだん見えない部分の表現が見られるだけで、こんなにも楽しみ方が変わるのかと感動しながらも、舞台の展開と客席の反応とを交互に見る。斬られても起き上がると客席から笑いが起こり、幕前で斬られ幕内へ引きずられると拍手が起こる。この一連の流れもまたこの組踊に欠かせない要素で、毎年見守る島民の皆さんと舞台に立つ演者の皆さんとの約束事だったりするに違いない。登場人物たちが所狭しと舞台を駆け回る姿や、客席と舞台が一体となって一騎打ちに向かうまでの高揚感にこちらまでわくわくする。

組踊「父子忠臣」より束辺名の按司と山城の比屋一騎討ちへ 撮影:たまき まさみ

 

私のすぐ前に座る子どもたちも、家族が舞台に立っているようで、周りに座る家族に出番を知らせながらスマートフォンのカメラを構えつつ手をたたいたり、「ちゃんと見てる?」と声をかけあったりしている。1時間余ぐらいの上演時間とはいえ立ちっぱなしだったこともあり、隣に座る関係者の家族と思われる女性から「座ったら?」と声をかけられ、途中でお菓子をいただいたり、顔を見合わせて笑いあったりするなかで、輪の中に入れてもらえたような温かい気持ちになった。

「祭りに出ることが一番の親孝行」と島では言われているというが、祭りを誇りに思う心も親から子へと受け継がれ、時期が来ると先輩から後輩へと役を譲り、奉納芸能の精神を大切にしながら皆でこの村の組踊を継承している。舞台のすぐ傍で見たこともあり、役者の皆さんと島民の方たちの細かいやりとり(唱えや殺陣のあとの拍手)や、紅型幕がめくり上げられる瞬間に舞台裏で人々がせわしなく行き交う様子含め、人情味がつまった組踊として舞台と客席双方の皆さんによって育まれてきたこの祭りの醍醐味に、ほんの少し触れることができたように思う。

幕内からでてくる山城の比屋と若按司 撮影:たまき まさみ

 

劇場で組踊を見る際は、あらかじめ「あらすじ」を読み、役者さんの配役を楽しみつつ字幕を追いながら、どちらかと言えば大人しく個で見るという感覚だった。しかし、竹富島で見る組踊は、そこにいる皆とともに感情の動きを共有しながら見ることができ、なおかつ、それぞれの一挙一動も組踊を構成する要素となり、島外からやって来て「種子取祭」の中で演じられる組踊「父子忠臣」を初めて見た私にとっては、周りで見ている方たちの反応も含めて新鮮な経験になった。

字幕がなくても大人も子どもも舞台から目を離すことなく、一緒になって手をたたいたり笑ったりしながら楽しめるのは、年に一度の「種子取祭」が幼いころから生活の一部となり根付いているからだろう。見ている子どもたちもいずれ演じる側となり、演じている側もいずれは御嶽の前に座する長老たちへと世代交代を重ねながら、一体となって守り継いでゆく。祭りの最初から終わりまで舞台と客席に漂う高揚感を一緒になって肌で感じることができるのは、「種子取祭」の醍醐味であり、惹きつけられた人々がまた島を訪れるきっかけにもつながっているように思えた。


インタビュー:たまき まさみ
1978年、那覇生まれ、那覇在住。フリーペーパー「夕焼けアパート」主宰。ライター。
幼い頃からもの書きになりたかったものの、どうすればなれるのかわからず路頭に迷って25年。出版社で仕事が見つからず、自分の媒体を作ることを思いつく。現在は「夕焼けアパート」の活動をきっかけに、新聞を中心に沖縄の文化や芸能、景色、ときどき食レポを書いています。国立劇場おきなわ企画制作課に嘱託員として勤務。琉球芸能を舞台裏で勉強しています。


 

SPECIAL

特集リポート